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大阪高等裁判所 昭和43年(う)1464号 判決 1969年5月14日

被告人 谷本正弘

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用中証人子富呂武次に支給した分を被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人作成の控訴申立書中控訴の理由として記載された部分のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決は法令の適用を誤つたものであると主張し、本件の道路標識は交差点の中程に立つていたので、被告人は直進車に対する標識であると判断し、標識の前方に表示してある進行方向矢印に従つて右折したのである。然し、原審は一時停止の道路標識が被告人の主張する位置にあることを認めながら、標識設置場所にかかわらず運転手が標識を確認できる以上交差点に入ろうとする車輛は一時停止をしなければならないと判断した。しかし「道路標識ならびに区画線道路表示に関する命令」は公安委員会が停止位置の路肩に標識を設置しなければならない旨規定している。これによると被告人は標識に達するまでに右折しているから一時停止する義務はない、というのである。

よつて記録及び当審における事実調べの結果を精査して考えると、原裁判所の検証調書によれば原裁判所の施行した現場検証の際に、被告人は、本件当日本件交差点に道路標識の立つていた位置は交差点南側に設けられた巾員四・六メートルの横断歩道(東西方向)の北端から二・一メートル北寄りの西側(被告人の進行方向から見て左側)歩道の東端(右検証調書の<ロ>点)に立つていて、その標識の高さは約二メートルで「止まれ」という標示がなされているだけであつたと指示説明し、立会人中野充雄も本件当時における道路標識の位置につき被告人と同様の指示をしているのに反し、本件を検挙した警察官である子富呂武次は、本件当日における道路標識の位置は、検証当日(昭和四三年五月二一日)と同じく、右横断歩道のほぼ南端の西側歩道の東端<イ>点に立つていてその標識の表示も検証当日のそれと同一であつた旨指示説明しており、検証当日の標識は上部に「止まれ」と標示されその下部に補助標識として横断歩道の標示がされていることが認められる。そして子富呂武次は原審証拠調期日において、本件当日の道路標識の位置について、前記現場指示と同旨の証言をしているのに反し、中野充雄(被告人の知人でタクシー運転手)は原審証拠調期日において、同人の前記現場指示と同旨の証言をし、また被告人の知人である平岡耕治郎も原審公判廷において標識の位置に関する被告人の主張を裏付けるような証言をしているのである。

ところで原判決は、本件当日における道路標識の位置について、現認警察官である子富呂の主張する位置<イ>点を認めたのか、あるいは被告人の主張する位置<ロ>点を認めたのか、その点についてなんら説示していないのであるが、子富呂は当審公判廷において、本件当日の道路標識の位置についての前記現場指示及び原審証言は同人の記憶違いに基くもので誤つており、同人が宇治署交通係員及び道路標識設置工事業者に尋ねて調べた結果は被告人の現場指示がほぼ正確である趣旨の証言をしており、また当審で取調べた宇治警察署警部補原田勲作成の報告書二通及び同署巡査部長石村功作成の別件の実況見分調書謄本によれば、本件当日の道路標識の位置は被告人の前記現場指示がほぼ正確であつたことを推知せしめるに足るものがある。従つて本件当日における一時停止の道路標識は交差点南側の前記横断歩道北端から二・一メートル北寄りの左側歩道の東端に立つていたものと認めなければならない。

ところで被告人指摘の「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」はその第二条において、道路標識の種類及び設置場所を定め、一時停止を表示する規制標識の設置場所を、車輛又は路面電車を一時停止させる交差点の手前の左側の路端と規定しているのである。そこで交差点の意義について考えると、現行道路交通法二条五号は、交差点の定義を「十字路、丁字路その他二以上の道路が交わる場合における当該二以上の道路(歩道と車道の区別のある道路においては、車道)の交わる部分」と規定しており、旧道路交通取締法施行令一条七号に規定するような、「交差点に直近の停止線がある場合にはその内側、直近の横断歩道がある場合にはその横断歩道及びその内側を含む」というような規定を設けていないのであるが、交差点直近の停止線は交差点手前の一時停止を義務付けられた場所であると解せられるから、京都府公安委員会が本件現場において右横断歩道の南端から二・三メートル南へ寄つた地点に停止線を設けて路面にその標示をしていたこと(停止線の存在及びその位置については検証調書及び前記原田勲作成の報告書添付の写真により明らかである。)は、車輛の運転者から見ると、右停止線を以て本件交差点の南限であると理解するのは止むを得ないところであろう。そして同委員会が前記<ロ>点の標識の位置が適切でないと解したことは本件後の昭和四三年一月七日同委員会が本件当時の<ロ>点の道路標識を撤去し新たに右横断歩道南端の西側歩道上の<イ>点に標識を設置したこと(前記原田勲の各報告書参照)によつても窺われるのである。

そうすると、本件当時における右道路標識の設置場所は、車輛を一時停止させる交差点の手前の左端の路端ではなく、交差点を北へ九メートル入つた地点の左端の路端に設置したものといわなければならない。

ところで被告人が右停止線、横断歩道、及び<ロ>点の標識の位置の何れの地点でも停車することなく交差点に進入して右折したことはその自認するところであり、しかも被告人は交差点中央で安全確認のため一時停止したというが、子富呂の証言では被告人は子富呂の停止合図により交差点を右折後止むなく停車したと言つており、被告人の右供述は措信できないのである。

そこで右認定のような情況における被告人の所為を一時停止違反として問擬しうるか否かを考えると、なるほど右認定のような本件道路標識の位置は前記命令第二条の規定には完全に合致せず、その位置は稍適切でないといわなければならない、然しながら宇治方面から本件交差点に進入しようとする車輛の運転者にとつて、交差点の手前で右道路標識の存在を容易に認知しうることは、原裁判所の検証調書及び原田勲作成の報告書添付の写真により明らかであり、かつ被告人が宇治方面から本件交差点に入る前に右道路標識の存在を認識していたことは同人が原審公判廷で自供するところであり、しかも右標識は本件交差点から左方伏見方面に至る道路と右方山科方面に至る道路とが左右に分岐する直前の位置に在つたことも右検証調書により明らかであるから、右道路標識は、その設置場所が必ずしも完全に適切ではなかつたにしても、本件の具体的場合において被告人に対しこれを拘束するに足る有効な規制標識であつたと解するのが相当である。(昭和四三年(あ)第一二六〇号、同年一二月一七日最高裁判所第三小法廷判決は本件と事案を異にするから本件については右事案と同日に断ずることはできない。)被告人は本件標識を直進車(被告人は直進車というが本件交差点は三差路であり左方の伏見方面へ行こうとする車は直進車ではなく左折車というべきであろう)に対するものであると判断したから右折車は一時停止しなくてもよいと解したというが、本件交差点の位置、形状及び右標識の位置から考えれば、右標識は左折車及び右折車の双方に対する標識であることは容易に理解されるところであり、被告人の右弁解は採用しがたい。

従つて被告人が右標識を認識しながらその位置を超えて交差点内に深く進入し警察官に停止を命ぜられるまで停止しなかつたことは、右標識による規制に違反する被告人の故意をも推認せしめるに足るものというべく、原判決が被告人に対し一時停止違反の罪責を認めたのは、原判決が道路標識の位置につきそれが前記<イ>点あるいは<ロ>点の何れに解したとしても、結局正当であり、その法令の解釈適用にも誤りはない。

(なお弁護人は、当審における弁論として、本件現場は見通しのよい所であるから徐行で足り、一時停止の必要は全くない場所であるから、これを一時停止の場所とした京都府公安委員会の指定は無効であり、また本件現場には三個の交差点があるのに、これを一個の交差点と認めることは誤りである、と主張するが、当審証人出口正満、同子富呂武次の各証言によれば、本件交差点は公安委員会の一時停止の場所としての指定を無効と解しうるほど交通閑散な場所ではないと考えられるし、また本件現場はその形状からすれば、変形的三差路ではあるがこれを一個の交差点と認むべきことは明らかである。)

以上要するに本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文により主文のとおり判決する。

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